本日の悶々

メンタルが弱く理想主義気味な私がこの社会で一人で生計を立てていくことは極めて困難である。結婚して、パートナーに経済的に甘えつつ、精神的には私が甘やかすそんな結婚生活を目指す方が生存戦略的には真っ当であると思う。そんなの昭和の家庭像で、共働きがスタンダード化している平成でそれは非現実的だと言われようとも。それが真っ当なんだと思いたい。

しかしその一方で結婚したくない気持ちも最近高まりつつある。不思議である。

子供を欲しいと思えないのが第一。私は既婚女で子供が産める体を持っているなら絶対子を産まなければいけない、さもなくば汝は一人前の人間ではない!という考えは持っていない。けど大体の男が、もしくはその男の親が子供を望むのだろう。辛お。

考察と妄想が趣味の私にとって、子育てによって自分ひとりの静寂の時間がなくなるのはかなりキツイ。今だって土日のどちらかは愉快な友人たちに会わずひとりでいたいと思ってるくらいなのに。それに男性ホルモンがやや多いせいか母性も世の中の女性たち陣よりも欠けている気がするし。障害をもって埋まれた子を愛せる自信もない。つくづく24歳にもなって未成熟な自分に嫌気がさす。けどこれが現実の私。恥ずかぴい。

更には自分は男を愛せないのではないかという究極の論題が昨日突如として脳内に飛び込んできた。男性不信と小さな思想をこじらせすぎてとうとう脳みそがいかれたか。それともセクシュアリティを題材にした本の読みすぎか。心理学や男の生態について調べすぎたせいもあるかもしれない。セックス恐怖症説もありうる。とにかく大変面倒な議題を脳内会議で提示してしまったことに変わりはない。誰か早く結論を教えて。

自分に自信がないから、自分のことでいっぱいで心に余裕がないから、今は子供を欲しいと思えないだけだと信じたい。小心者がゲイになるのはかなりキツイと思う。病みかねない。けど強く美しい女性に愛されて死ぬ人生に憧れる気持ちは未だにある。

でも一番いいのは、やっぱり若さを対価に経済力のある男に嫁ぐことだと思う。キャリアウーマンにはとてもなれそうにない。顔は肉食系キャリアウーマン風なのに中身はこんなへっぽこで自分で自分のギャップについていけない。やれやれである。

このことについては後日またじっくり考えよう。とりあえず今週末の街コンに備えて心身の鎧を準備しなくては。明日からまた眼精疲労と英文と闘うのだと思うと胃が痛い。がんばります。